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シルクロード歴史
   
 

シルクロードとは、中央アジアを横断する古代の東西交通路の称。中国から、タリム盆地周縁のオアシス都市を経由し、パミールを経て西アジアとを結ぶ道で、モンゴル帝国が支配するまで東西の文物の交流に大きな役割を果たした。絹(シルク)が中国からこの道を通って西方に運ばれたところから、ドイツの地理学者リヒトホーフェンが命名。絹の道。諸説あるが、一般的に西は中国の洛陽を起点とし、東はローマまでの道がシルクロードとされている。その西域にはウイグルと中国の文化が融合した砂漠とオアシスの街から、標高6,000m級の山々を抱く天山山脈といった大自然の絶景が広がる。西安からローマまで、アジアとヨーロッパを結ぶ長大な交易路シルクロード。敦煌からトルファン、ウルムチを経て天山山脈の北麓を進む天山北路、南麓を行く天山南路?西域北道、タクラマカン砂漠南辺を辿る天山南路?西域南道には、幾多の歴史ドラマが刻まれています。

「シルクロード」といえば、長安(西安)~タクラマカン砂漠(今の中国の新疆ウイグル自治区内)~パミール高原~中央アジア~イラン~中東~ヨーロッパへと至る、ユーラシア大陸を横断する古代から栄えた国際交易路。紀元前の大昔から、新しい文明が生まれ、文化?宗教が伝わり、多くの国家の栄衰があり、様々な民族、そして多くの旅人が行き交った。シルクロードは、中国と地中海世界の間の歴史的な交易路を指す呼称である。絹が中国側の最も重要な交易品であったことから名付けられた。そのごく一部が「シルクロード:長安-天山回廊の交易路網」としてユネスコの世界遺産に登録されている。中国と欧州を結ぶ古代の交易路の総称。この道を通って中国の生糸や絹製品が西方に運ばれていったことから、ドイツの地理学者リヒトホーフェン(1833~1905年)によって命名され、のちに英訳されて広まったとされる。中国を出てタリム盆地周辺のオアシス都市を経由し、パミール高原を越えて西アジアから地中海沿岸へと至る道で、数本の幹線路と各地を結びつける多数の支路がある。紀元前2世紀頃からおよそ1000年に渡って国際的な交易や文化の交流が行われた。

紀元後数年に開かれたと考えられる北方路。敦煌からトゥルファンを経てウルムチ(烏魯木斉)に達し,イリ川流域にいたる。北方路よりも古く,南方路と同じ頃の前2世紀にさかのぼる中央路。敦煌から楼蘭を経てコルラ(庫爾勒市)に達する,最も重要な隊商路として 4世紀前半まで使用されていたと考えられる。広義のシルクロード,すなわち西トルキスタン(中央アジア)以西の東西隊商路は多数の路線に分岐していた。2014年,洛陽から長安を経て中央アジアにいたる路線(全長約 8700km)のうち約 5000kmにわたる部分と,その道路網に沿った都市,宮殿,寺院などを含む遺跡(中国はキジル千仏洞,玉門関など 22ヵ所,カザフスタン 8ヵ所,キルギスはアクとベシムなど 3ヵ所)が,「長安及び天山回廊の道路網」として世界遺産の文化遺産に登録された。

シルクロードとして最も有名なものが、敦煌を経ていくつかのルートに分かれる陸路「オアシスの道」。
敦煌から北上してトルファンを経てウルムチを通り、天山山脈の北側をサマルカンドへ抜ける「天山北路」。そして同じく敦煌からトルファンに抜けて天山山脈の南側、タクラマカン砂漠を囲むオアシス都市を辿る、三蔵法師が通ったともされる「天山南路」。これらの道沿いには史跡なども数多く残り、はるか古代のシルクロードを感じられる。

シルクロード及び河西回廊観光